日本3大ミステリー

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<明智光秀画像>

よく、3大○○とか日本人は作りたがりますよね?その中から、一般的にいわれる「日本3大ミステリー」を紹介します。

◇ 邪馬台国(やまたいこく)はどこにあるのか?
◇ なぜ 明智光秀は主君 織田信長を本能寺の変で討ったのか?
◇ 稀代の浮世絵師 写楽 の正体は何者か?  

まず邪馬台国の場所ですが、一言でいうと近畿説と九州説のぶつかり合いです。
様々な論議がなされ、各々が良いように自論の解釈をぶつけているため決定打はありません。
まぁ、卑弥呼も、ひみこと本当に読むかさえ分からないのが考古学・史学の楽しさですし・・
気になったら、おそらく研究で人生終わっちゃうでしょう。人生かけれる方は答えを探して教えて下さい!
さて、このテーマでメインにするつもりの議題、明智光秀についてのミステリーを少しお話しします。

本能寺の変は、実は徳川家康と羽柴秀吉の共謀による暗殺であったという説が有名ですかね?
そして明智光秀は後に徳川家に入り、天海僧正として影で徳川の天下に暗躍していくことになります。
その根拠には、主君の敵として討ち取った光秀の首を秀吉は確認もせずに認定したこと、2代3代将軍の名前には
光秀の字がつけられている、日光には天海の名付けた明智平という地名までが存在している事等が挙げられます。
また天海が三代将軍家光の乳母のおふく(明智光秀の重臣の娘・春日の局)と対面した際、初対面のはずなのに
「お久しぶり」と語った事、光秀の戒名である慈眼大師と天海の戒名が全く同じである事などが説に拍車をかけます。

その謎を解く鍵に童謡「かごめ かごめ」があります。歌詞知ってます?
 かごめかごめ
 かごのなかのとりは
 いついつでやる
 夜明けの晩に
 つるとかめがすべった
 後ろの正面だあれ
ですね。ソロモン王の財宝の隠し場所を記したとか、流産など「死」に対する歌、遊廓の流行歌・・と様々な説の中、
注目するのは「徳川埋蔵金の隠し場所の暗号文」であるという説。徳川と明智のつながりを記すというものです。

かごめ(籠目・籠で編んだ模様)は竹などで編んだ目の形が六角形で、これはずばり徳川家康ゆかりの地である
江戸(東京)駿府(静岡)日光(栃木)佐渡(新潟)と、明智光秀ゆかりの地である土岐(岐阜)、さらには
明智神社(福井)を線で結んだ形の事であると考えます。
カゴの中の鳥は の「鳥」は、土岐(とき・明智一族の発祥の地)のことです。夜明けの晩は日の出、日光のこと。
つまり、いつ日光に光秀は現れるのか?という意味。鶴と亀は、日光東照宮の屋根にある像です。そこにはなんと
表からは徳川の葵の紋ですが裏には明智の桔梗紋が刻んであります!!本来、徳川の紋以外にそんな事したら
造って即、製作者の首が飛びます。すべるは「統べる」、徳川と明智が協力して天下を取ることです!!
そして後ろの正面とは・・・ちょうど大阪府の岸和田あたり、日本で唯一、明智光秀の肖像画がある本徳寺です。
また、徳川家の後ろ立てに天海(明智光秀)がいることを表すともいいます。
そしてこれら関係している地の中のどこかに100兆円とも言われる埋蔵金が埋まっているかもしれないのです!

最期に、江戸時代、写楽という浮世絵師です。当時流行のイラストレーターって感じでしょうか。素性や人物像は
全く分かっていません。わずか200年余り前の話なのに、未だ謎に満ちたまま…。強いて言うなら性別さえも
分かりません。短期間に素晴らしい作品を大量に描くと、その姿を消してしまった人物です。わずか10ヶ月の間に、
なんと144枚の絵を残した事になってます。計算すると2日に1枚のペースで描いたことになりますね。実際に合計
枚数は不明なのでもっと描いてたとしたらさらにとんでもない人です。
明治以降、写楽の作品は世界的に高い評価を受け、ヨ−ロッパの画家と並べ称される幻の画家の見えない姿に
ロマンをかき立てられ想い尽きませんね。